ジャズピアニスト Nori OchiaiのBlog

音楽、その他を通して日々感じる事や活動状況。

人それぞれ

ブログという事で自分の考え、思う事を好き勝手に書いてます

が、、、
 
実は、そんなにこだわってるという事ではないです。


アメリカ、特にニューヨークでは色々な人種、文化、主張がごちゃごちゃにぶつかり合ってるので、人とセンス、意見が違うなんて当たり前過ぎて、みんな自分と意見が違う事を変に気にしない、ので自然に自分もそうなってきたのかと思います。

こっちは、お互いに意見が違う事を認める、let's agree to disagree みたいなとこがあります。 
意見が違っても、しっかり自分のポリシーがあって主張する事自体はリスペクトしてくれる。

親子くらい上のミュージシャンと激しく意見がぶつかって、思いっきり言い合った事もあるけど、話が終わると子供同士のように握手して、からっと簡単にご機嫌になれてしまう。だから何でも言いやすい。日本だったら目上の人にあそこまで言ったら何年も顔みせられない。
年齢差、立場などを気にせず、対等な一人の人間同士として思った事を言えて音楽的に成長できるプラスな面も大きいと思う。

失敗、衝突を恐れず主張し合いながら成長する。ある意味その中で協調性も学ぶのがアメリカ式。
音楽、その他、を学ぶ過程にも当然かなり反映されてるように見えます。
荒削りでも大器を予感させる人間も生まれやすいかも。


また話がずれたけど、これからも自分の好みや思う事は書くけど、基本的には人は人で、実はそれほど気にしないし、どんなに変(と思えるような)な人意見に出会っても、あまりびっくりしたり不快になったりしないと思います。

こだわるとこ、こだわらないとこ、いい感じで共存できると結構快適。





 

笹島明夫さんのこと (最終回)〜大雑把な自分の音楽感

それで、僕ごときがとても偉そうになってしまいますが、なにが音楽とはいいにくいとは何なのかを自分なり大雑把に言わせてもらうと、言葉の意味や文脈、必然性があまりに感じられないものではないかと思います。


誰でも本は意味のある物しか読めない、というか意味の無い本は存在しない。ただ音楽はスポーツのように数字、結果で判断できないし、数学のように割り切れたり証明もできない。抽象的だし「好みの問題、個性だよ」というフレーズで結論されてしまうパターンも多いために、そういう物が存在しやすいのかと思います。クラシック音楽は意味の無いものは殆ど無い。演奏家自身があまり意味を理解しない演奏というのはありえるかもしれないけど。ジャズのアドリブはやっぱり何やってもいい個性orでたらめ、がごっちゃになってしまいう事があると思います。


自由というのは、より自分自身に厳しさを求めてくるものかも。



意味のある単語から、1つのセンテンス、センテンスから段落、ストーリーになって、その中にさまざざまな驚き、不安、安堵などのドラマ、また、演奏者のキャラクター、精神性、人生経験、などがそこから見えてきて共感、感動させられるのかな、と僕は思います。


いくら、大きい声で、どんなに正確に速くきれいに、

「あいうえかきくふくだちんko」と周りの音との関連性もなく最初から最後までずっと叫ばれても全く興味は持てないし、あまり幸せにはなれない。個々の単語はちゃんとしていても、「タオル、魚、明日、先生」とかでも音楽には聴こえない。でも音楽の定義なんて人それぞれだろうし、そういうあまり意味があるとは思えない物が好きであっても悪いわけではないから、やっぱり「好みの問題だよ」となってしまうのかもしれないけど、、、



話がそれてしまったけど、やっぱりより多くの人にいい音楽、本物に触れてほしいな、と思うけど、笹島さんの音は僕にそういう事を再認識させてくれます。




ジャズは特に日本の文化からはかなり遠い部分があるし、芸術と商業的成功が共存する事が難しいのも当然だけど、それでもより少しでも多くの人が本物を感じやすくなれるように音楽業界が導いてくれるといいな、と思ってます。

Doug Carn / Infant Eyes


これは、2007年頃、今はもうブルーノートアーティストにまでなったしまったJose Jamesが自分に紹介してくれたアルバムで、今もたまに定期的に聴くけど、いつも凄いインパクトを感じる。

Joseはサックスのコルトレーンがすべて、というくらいの人間で、当時コルトレーンの曲、ソロに自分で歌詞をのっけて歌ってたりしてた。
録音は諸事情によりリリースできなかったけど、あれは自分にとって一番魅力的なJoseだった。このアルバムはヴォーカルのJean Carneがコルトレーンの至上の愛のAcknowledgemmentを歌っていて目にとまったんだと思う。Joseは「オペラ歌手みたいで、ちょっと変じゃないか?」と言ってたけど、自分はこの独特の世界にとても魅かれた。
ちなみにオルガンのDoug Carnは当時の旦那で後に別れたらしい。


何か、命を絶ってしまって体は動かないのに、まるで魂だけでそのまま歌っているような、それが地球の奥底か何処から聴こえてくるようなイメージを持たされる。

本当に好きな音楽は、勉強になってしまいたくなく、できるだけ頭を通さないで聴いていたいんだけど、この曲の演奏はバラードの中でもかなり遅い事に最近やっと気がついた。バラードを演奏する時はかなり遅めが好きで、自分でテンポを出すとついそうなりがちだけど、ホーンプレーヤーやヴォーカリストに迷惑だから気をつけるようにしている。もしかしたらこの曲みたいな演奏が好きでイメージが焼き付いてしまってるのかもしれない。やっぱり遅くて我慢強さを強いられる テンポ、子供のセックスより大人のセックスみたいなバラードがいい。

 

笹島明夫さんのこと (2)〜大雑把な自分の音楽感

笹島さんの音楽を知ってまた2年くらいのある日、僕の大好きで尊敬するシンガーの天野昇子さんに笹島さんの事を聞いてみたら,「知ってるよ、シカゴで一緒だった。素晴らしいギターだよ」と言ってくれて嬉しくなりましたね。ただ、日本でご存知の方はご存知みたいですが(当たり前か)誰もが知る存在では無いみたいで、ちょっと残念に感じました。 




少しネガティブになってしまい申し訳ないけど、たまに(マスコミ曰く)天才~プレイヤーとか美人~プレイヤーのNY録音(世界トップクラスアーティスト達との録音)とか聴くと、勿論中には本当に凄い人もいるのだろうけど、あまり音楽とは言いにくいようなものもあったりして、良く分からない人は、そういうマスコミ、評論家の言う事をただ鵜呑みにせざる得ない事もあるのかなと思います。


気をてらったような派手さはなくても、一音一音丁寧に正直に心を込めたような、聴き手に耳をすまして集中して聴く事を要求してくるタイプの演奏よりは、とりあえずメガホンで勢い良く叫んだ方が売り易い、というのはあるのかもしれない。若くて美人と言える範囲ならなおよし。あまり調子にのると、ただのさえない年寄りの嫉妬になってしまうだろうから気をつけよう(笑)





それで、僕ごときがとても偉そうになってしまいますが、音楽とはいいにくいとは何なのかを自分なり大雑把に言わせてもらうと、


つづく、 

ギタリスト、笹島明夫さんのこと

2005年にNYに来る直前に何人かの先輩ミュージシャンが僕のiPodに沢山音楽を入れてくれて、聴ききれない程の音楽が入っていました。

2008年頃、99%English Nameがあふれかえるリストの中に偶然Akio Sasajimaという名前を見つけて、「あ、日本人の名前だ」と思ってクリックしてみたら、最初の何秒かですぐに耳を持っていかれ、本物の香りを感じ、いったいどんな人なんだろう?と興味を持たされた。NYに来て3年程たっていたので、ある程度本場のジャズがどんなものなのか体でも大分感じるようなってきた頃だと思います。


リズム感、音色の多彩さ、音の長さ、強弱などのコントロールされ具合、シンプルで選ばれたフレーズで、心に強く入ってきました。
うわべを格好付ける様な部分が全く無く、直球勝負みたいな感じで心の強さも感じました。 


上質のワインとか、何かいいもの、本物というのは、人間の体にすうっーと流れるように入って来てしまうものなのかもしれない。
 

興味を持ってネットで見ていたら、どうやら札幌出身でシカゴで活動されている事などが分かりました。そして多分もう40年位前の事だと思いますが、高校の頃の笹島さんの演奏を札幌で生で観た方の印象深いブログを見つけました。「当時マスコミで、ある同世代のプレイヤーが東京で天才と賞賛されていたが、彼と彼のファンには申し訳ないが、もし彼が天才なら、笹島は神だと思った」と書かれてました。
しかもその後、何十年ぶりに札幌に凱旋された時のライブをまた観て、「やっぱり自分のセンスが正しかった事が確認できた」と語られいて、なんとも言えない時間を超えたドラマを感じました。笹島さんも凄いけど、そのファンの方も何十年もずっと自分の感性を信じていて、その答え合わせをしてしまうというのも凄すぎるなぁと思い、僕も読んでてちょっと熱くなってしまいました。


つづく、


飲酒運転(アメリカ、日本)

ニューヨークでは、車でライブ、セッションに来て、お酒飲むのは普通、全然めずらしくない。
さすがに泥酔して、ふらふら、というのは見た事ないけど。
まぁ教本に、ビール一杯飲んだら1時間は待つこと、みたいに書いてある。
言い換えれば1杯飲んだら1時間待でばいいよ、と言っているのに近いのでは。
検問で捕まる、という話も聞いた事無い。
事故った時に飲酒が発覚すると不利にはなるらしいけど。(当たり前か)

日本で車の人に飲まないの?と聞いたらありえない、という顔されました。
まぁ、どこでも飲まない方がいいですよね。
 

色々、、、

外食する時に、お寿司、ラーメン、パスタ、ステーキ、中華、色々出してくれる店があったとしても、あまり行きたいとは思わないな。同時に食う必要ない。
むしろキムチやビビンバや出すとこで、お寿司を食べたくない。(海外だとそういう店あるけど)
何かのスタイルをある程度極めた人の創作は別だと思う。

音楽だと「ジャズ、ロック、フュージョン、クラシックなどの要素がすべて入ったアルバムです」みたいな宣伝文句が日本では結構あるような気がするけど、どうなんだろう。
その中に何か強い芯になるバックグランドが伝わってくれば興味を持てるのかもしれない。










人生は高速道路? Tina Brooks/The Waiting Game

多くの人が思う当たり前の事かもしれないけど、人との出会いってやっぱ高速道路を走り続けるものみたいなものかな、と感じられる事が最近多い。

全く違う遠い世界、場所にいたはずの人が、ある日どっかのサービスエリアで隣でコーヒを飲んでたり、

もしくは、隣を走ってたけど、その時は出会うタイミングでなくて、10年後にどこかで一緒になり、ああ、あの時横にいた人かぁ、と思ったり、

隣を走ってた瞬間もあったけど、ずっと交わる事がない人もいる。

音も同じように、ふさわしいタイミングで出会わないと心に入ってこないものもある。

同じ方向向いて毎日歩いていくと、様々な事を乗り越えて、いつか出会う可能性はとても高いのかもしれない。

Tina BrooksのThe Waiting Gameという曲を聴いてると何故かそんな気持ちになる。
Tina

 

地下鉄

先月、ドラマーのエリックと地下鉄で演奏。よくイーストビレッジのレストランでギグしたのはもう6、7年前だから、大分久しぶり。以前と変わらず、5や7拍子でその時彼の思いつくスタンダード曲をやらされる。コルトレーン、ホレスシルバー、キャノンボールなどの玄人好みの渋いミュージシャンズスタンダードも必ずおさえる。

ある曲の進行を確認するために、「オリジナル通りのAABでいいか?」 と聞いたら、
「ノリ、1953年の録音はAABAで1956年の録音はAABでやってるけど、AABでやろう」のように指摘してくる。音楽的知識、歴史の知識がすさまじい。
年齢、肉体的なコンディションもあって、必ずしも第一線でなくてもこういう人間がNYにはごろごろいるところが恐ろしい。

才能

もの凄い人達にふれると、彼らがどれだけ音楽を愛してるかを感じさせられる。

当然聴いてる量、質もけた違い。努力というより、好きでしょうがないから聴いてきただけ、聴かずにいられないのだろう。どんな世界でも頂点の人達は同じなのではないかと思う。

同じ目のかがやきで話すんじゃないかな。

才能とは、どれだけ好きなのか、にかなり比例しているのではないかと思わされる。


ジャズがめちゃくちゃ好きだ、とはまだまだ自信もって言えないなぁ。ただ、昔よりは確実に好きになってきたし、見えなかった宝物のような物は少し増えてる感じはする。

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  • Nori Plays ありがとうございました!
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