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今回は特に色々考えさせられた大晦日の格闘技イベントRIZIN。


いつもの試合開始前の全選手(今回は銀座で買い物してたらしいMayweatherを除く)入場シーンの緊張感、ワクワク感結構好き。 

初めての大舞台での試合の選手、毎年のように出場する選手、これからのし上がって行く選手、人生の中でその試合がキャリアのクライマックスになる選手、もしかしたらこれが最後の試合になってしまうかもしれない選手。

今後の人生でこれだけの大観衆の視線を浴びる事も2度となく、試合後には、オハイオあたりで、周りの人間誰1人、彼が何やってたかも知らないようなところで、隣の気さくなおじさん、として平和に穏便に引退後の人生を送る選手もいるのかもしれない。

そんな様々な本来交わる事も無いようないくつもの人生が、世界と比べたら針の穴のように狭いアリーナで一瞬だけ交錯して、火花が散り、化学反応するって凄いな、といつも感じさせられる。



話題の那須川天心とFloyd Mayweatherの試合。
ご存知の方はご存知だとは思いますが、格闘技の中でも最も競技として確立されているボクシングの世界で、20年間負けた事、ダウンした事もなく、5階級制覇のチャンピオンで、今は引退している41歳のMayweatherに日本でキックボクシングの天才と言われているまだ20歳くらいの那須川天心がボクシングのルールで挑む試合。那須川はボクシングの試合した事もない。

メディアは、ボクシング関係者のコメントも使いながら、1パーセントの奇跡の可能性を煽る。そしてMayweatherサイドは、舐めた態度などを強調アピールして聴衆の反感、不快感を煽り、「天心、一発当ててやってくれ!」という気持ちを煽る。

一方、この試合に全く関わってないボクシング関係者、専門家は誰も興味を示していなく、茶番、もしくはそれ以下としか見てないような感じが明らかのように見えました。


音楽やジャズもそうだけれど、やってみないと分からないという事もあるだろうし、ちょっと知ってれば、経験してれば当たり前に分かる事も多いと思う。

正直なところ、自分も音楽の経験からジャンルが違うとどうなるか、というのは多少知ってるつもりだし、ボクシング関係者の見方が答えだというのは、頭で理解しつつも、「やっぱり勝負に絶対は無い」という気持ちを1パーセントくらい持って楽しみにしてしまった部分はあると思う。まぁ素人だし、ボクシングも全く分からないから、仕方ないし、それでいいのかもしれないけど。

そしてエキシビジョンとも謳われていて、Mayweatherもそういった(真剣勝負ではない)発言していたので、3分3ラウンドの9分間、Mayweatherがディフエンスの技術を那須川を舐めながら見せつけて終わり、”勝負“というものとは程遠いものになるのかな、と自分も想像していたし、それでも怒らない気持ちの準備もしていた、、、

しかし、蓋を開けてみると、Mayweatherの軽く打ってそうなパンチで那須川が身体ごと吹っ飛び、普通の格闘技の試合では見たことない様な光景を2分程見せられ終わってしまった。
那須川天心が無事で良かったけど、ちょっとぞっとするような光景でした。

ボクシング経験の無い、違う格闘技選手の那須川が、競技としてしっかり確立されていて競技人口も多いボクシングの世界で、20年間無敗で頂点を極め、その世界のトップクラスの選手が誰も倒せないMayweatherとボクシングで戦わせる、とどうなるか、というのを直球で見せられてしまった気がしました。

専門家からしたら、那須川の選手生命に関わるかもしれない、実力差、体格差の激しい危険過ぎるマッチメイクで、それを宣伝やビジネスのために組んでいいのだろうか、という問いが試合後の自分の頭の中を支配した。選手は奴隷ではないし、試合は見世物ではない。競技を侮辱してもいけない。


真剣にボクシングに携わってきて不快感持たれた方も多いと思う。


主催者、関係者に責任もあるだろうし、少しでもこの試合を楽しみにしてチケット買って会場に行ってしまった自分にも責任あるだろう、と思わされました。

ボクシングの怖さ、格闘技の怖さ、物事を追求していく事のきびしさ、階段は一段ずつ登っていくもので、充分な準備の無いところでの奇跡はまず起きない、などなど、色々感じさせられた、教えられた試合だった。



日本のマスコミ、メディアは洗脳が凄く上手いと思う。ワイドショーもいまだにあるし、芸能人のゴシップに飛びつく人も少なくない。そういうミーハーな日本人の国民性も、それにおどられやすいのだと思う。0.00000001パーセントを3パーセントくらいには見せられる。テニスの選手が卓球の選手に卓球で、もしかしたら奇跡的に勝つことができる、くらいに見せる、思わせることができてしまう。ある意味では凄い。

ジャズでも、そうやって長年フェイクのスター、フェイクの世界的アーティストを作って、本当に日本国内だけでは信じさせてしまう事ができたのは凄いけど、やっぱりそれが文化向上の邪魔を大きくしてきたのではないか、と自分は思う。

結局のところ、やっぱり自分のようなど素人のファンの質、というのが、その文化の向上に一番大事なのかな、と思わされました。良いものを求められて、そういうものが売れれば、それを目指して、良い選手が沢山育ち現れ、結果的にお金にもなる。


そういう意味で、今回とても反省させられたし、ファン一人一人が少しでも日本の格闘技がより良くなっていく事を願わないといけないと思わされました。


人生をかけて戦って魅せてくれた、全選手に、ありがとうございました!