先日、”N国党について“ではなく、”N国党対する表面的な批判“についてYouTubeで話させていただきました。 まぁ想定はしていたけど、ネット上でありがちな批判、忠告などいただきました。

多くのそういった方々に共通しているのは、
とにかく、決めつけと押し付けが多い事。

まずN国党が犯罪集団、カルト集団、と決めつけている。
そして自分がそのカルト集団の信者なんだと決めつけている。
支持者というわけではないですよ、といくら言っても聞かない。
もう彼らの中で決まってしまっている、、、
『はい、そうです』と言うしか納得してくれそうもない。
そして自分が犯罪を肯定している、という事まで決めつけている。


そもそも犯罪者、というなら立花孝志さんに、すでに有罪判決が出てないといけない。現時点でそうでもないのに、それを主張したいなら、日本が法治国家としていかにおかしいか、を説明するとかならまだ分かるけど、それをするわけでもない。ただただ勝手に犯罪者と決める。

そこまでメチャクチャに決めつけておきながら、
「私は真実を知っている。だから無知で勘違いしているあなたに教えてあげます」のような姿勢で忠告、アドバイスしてくる。家族や親しい友人に対してならまだしも、会ったこともない人、たいしてよく知りもしない人の事を一方的に決めつけ、自分が信じる真実を押し付けてくる。

比べてみると、やっぱりアメリカより日本にこういう人が多い。
日本では意見が違うといけないみたいな風潮があるから、本心を言わないで、人に合わせたりする事も少なくない。一方では、こういう極端なケースでは無茶苦茶に押し付けてくる。いずれにしても人が違う意見持つ事が悪いとか、認めたくない、という意味では一致しているのだろう。
だから、トラブルを避けたいなら、本音でぶつかるより「おっしゃる通りです」となってしまう事も多いのかもしれない。

アメリカでは、基本的に自分の意見をはっきり主張し、適当に人に合わせたりはしない。
でも、とことん言い合って、最終的に違う意見でも、その“違う意見を持つこと”は認める、リスペクトする。Let’s agree to disagreeといった感じ。だから本音でぶつかり合う事ができる。

この違いはジャズのアンサンブル、リズムの傾向にもはっきりと出ている。

ジャズシンガーブログに対する批判も全く同じ思考の持ち主達だと思わされた。
まず、「お前は実力も知名度もないくせに!」と決めつけ、
まぁ、そこは確かに認めるけど、、、多めに見ていただけると、、、、、

そして、自分がその手のシンガーに嫉妬している、と決めつけた上で、「そんな意見をするくらいなら、こういう努力、議論をしなさい」とよく知りもしない人間に押し付けてくる。「いや自分のポイントはそこではないし、そういう議論は興味無いので、是非ご自分でしてください」といくら言っても、「いやこういう議論をしなさい」とただただ繰り返されてしまう、、、、
人にさせるより、自分でしたらいいのに。
ミュージシャンでもないと思われる人が、平気でミュージシャンに音楽に関するアドバイスもしてくる。


もし、れいわ新撰組について何か言えば、山本太郎さんは、このように危険です、共産党について何か言えば、共産党はこのように危険です、とその都度誰からか言われるのだと思う。
直接知りもしない人間に一々そんな事してくるより、名前と顔だして、SNSで訴える方がよっぽど効果的ではないだろうか? でもそういう人達は陰で言うだけでやらないのだろう。

いったい何がそうさせるのか分からない、、、、、

でも、まぁそこまでの自信と図々しさを正しく使えば、相当素晴らしい仕事ができそうだとは思わされます。