ジャズピアニスト Nori OchiaiのBlog

音楽、その他を通して日々感じる事や活動状況。

日本のジャズシンガー

『僕達は娼婦みたいなもんだよ』、あるミュージシャンの言葉 ③ (最終回)


どうしていったら少しずつでも良くなっていくのだろうか? 自分なりのアイデアを最後にお話しさせていただきます。

僕達は娼婦みたいなもんだよ①, ②



日本のジャズシンガー的Tube


日本のジャズシンガー 20

反論コメントをいただいているので、前回の補足になりますが、

日本で生まれ育った人には当たり前過ぎる事でも、逆に日本からとても遠い文化の中で育ち、日本に来た事も無い、日本人に触れて生活した事はない、日本語を使う事も無い人にとっては、気付けない事があっても不思議ではないと思います。

例えば日本で育った人なら箸の太い方を持ち、細い方で食べ物を掴む、というのは何も考えずにすると思いますが、日本の文化に馴染みが無い人なら、何の疑問も持たずに細い方を持つかもしれません。逆だと気付けないかもしれません。でもジャズの話になれば私達も笑えないでしょう。

私がどんな人格であろうと、無知であろうと、有名でも無名でも、箸については誰も突っ込む人はいないでしょう。それは皆さんにとって当たり前の事だと認識できるからです。当たり前の事なので、怒ったり、間違っている、と反論する人はいません。

このブログで言ってきたジャズの話もある程度ジャズに馴染みのある人にとっては、それぐらいの話です。

なので、実力あるミュージシャンやジャズを深く愛するファンの方が、怒ったり、反論される事はないのだと思います。彼らにとっては、箸の太い方を持つ、というような当たり前過ぎる内容だからです。
私の実力や知名度があってもなくても、私の事が好きでも嫌いでも、分かる人にとっては、当たり前の事は当たり前です。

突っかかってこられる方は、ご自分が、本物のジャズ、アメリカ文化をどこまで深く経験して知っている(知識、頭ではなく、身体、心、感覚で)のか、馴染みがあるのか、少しだけ謙虚さを持って考えていただけたら、分かりやすいのではないかと思います。


知らない、分からない事は決して恥ずかしい事ではないし、バカにされる事でもないですが、知らなくて偉そうに上から物を言うのは、人としてちょっと残念かな、と自分は思います。
ブックオフオンライン

日本のジャズシンガー 19.9

ブログへの批判、反論について、

最初にお断りさせていただきますが、あくまで主観(自分が感じる実力ある人、素人的な人)と思っていただいて、その上で判断していただけたら、と思います。


実力あると思われるミュージシャンの方々はブログの内容について、「当然の事、誰かが言った方がいい」というような意見をくださる事が多いです。「自分にはできないけど応援はしてるよ」とか、「あまり本当の事言わない方がいい」という言葉は聞きますが、間違ってるよ、と否定される事は全く無いです。自分にとっては当たり前の事書いているだけですし、彼らもそう思うのかもしれません。

シンガーの方でも、実力、経験問わず、真剣に取り組んでるように見える人は、真面目に色々聞いてきてくれたり、考えてくださっているように思えます。何かのきっかけにしてもらえたら嬉しいし、ありがたいです。

逆に、怒りと共に反論されてくるような方々は、自分の知る限りは、自分が書いてる内容に当てはまってしまうようなシンガー、と彼女達を応援するおじさま方、そしてアマチュアミュージシャンで中途半端に頭でっかちになってしまっているタイプの方達が多いように感じられます。

そして、反論される時は、内容についてではなく、「実力、知名度などないくせに、」と、とにかく自分の事を否定して、だからおかしい、と主張してくる、という傾向も共通してるように思え、具体的な音楽の内容について話をするのはとても難しいように感じさせられます。

まさに音や内容以上に、知名度やプロフィールをやたらと重視するような、日本的といえば日本的かもしれないなぁ、とも思わされます。ちょっと大袈裟に分かりやすく言ってしまえば、テレビや、そこに出てる人、有名人はすぐ信用してしまうような、ある意味メディアなどにうまい具合に洗脳されやすいタイプの人達かもしれません。

彼らにとっては、どんなにおかしな事があろうとも(勿論感じないのでしょうが)、そのシンガーがお客さんを沢山連れてきた時点で、そのおかしな事は正当化され、実力がある、という事になってしまい、議論や、考える余地はすでにないようです。

ブログに怒りを覚えるのは構わないですし、無理に読んでいただく必要はないですが、真剣に音楽に向き合いたいなら、少し危機感を持って真面目に考えてみてもいいのではないか、と思います。





 

日本のジャズシンガー 19.8

気が付いたら、もうこのシリーズ書き始めてから2年も経ってました。

その間お叱りコメントや、時には脅迫めいたメッセージに屈っしてしまう事などありながらも、応援してくださる方々もいらっしゃって、一応今まで続けてきました。



確かに、いちいち「アメリカではどうだった」などと言ってもここは日本だし、

「面倒くせー奴だな」「それなら向こうにいろ、なんで帰って来た?」

「実力も知名度も無いオマエが偉そうに言っても、何の説得力も無いし、誰も相手にしないよ」

内容読んでくださったうえで、
「こんな説得力ないブログ誰も読みませんよ」


などなど、数々のご指摘、ごもっともかもしれません。


当たり前の事ですが、発展途上で未熟な自分の事を考えれば、周りの人や事など、とやかく言っている暇などあるはずも無く、自分自身のやるべき事で忙しく精一杯のはずで、

もう本当にこんな事辞めようと思います。

今までお付き合いいただき、ありがとうございました!





























また次回お会いしましょう!



 

日本のジャズシンガー19.7

https://gamp-ameblo-jp.cdn.ampproject.org/v/s/gamp.ameblo.jp/rootwest/entry-11747095835.html?usqp=mq331AQCCAE%3D&amp_js_v=0.1#referrer=https://www.google.com&amp_tf=ソース%3A%20%251%24s

読者の方が、こんなブログを教えてくださったので紹介させてください。
ありがとうございます。

本来あえて論じる必要も無いような当然の事だとは思いますが、自分としては、問題は大まかに言うと、2点あると思います。

素人がプロ並みのお金をとって演奏するという事と、
素人が素人と気付かないで人前で歌ってしまう事、かなと思います。

楽器奏者では、さすがにいないとは思いますが、シンガーの中には、ずっと主婦やヨガの先生などをやっていて、2年前から歌い始めました、という感じでお金とって歌う事に何の疑問も感じない様な方達も結構いるみたいです。

主婦やヨガ自体は何も悪くないですが、さすがにある程度のバックボーンが無く、短期間の訓練で、立派なお金とって人前で歌うなんていうのは、天才でも無い限り有り得ないのではないか、と思います。


 

日本のジャズシンガー19.6

今までにこういったちょっと突っ込んだ内容を書いてますが、草の根的にもやっていこうという思いで、何度かシンガーに話したことがありますが、やっぱり結果は大体同じになってしまうようです、、、

勿論自分がやっぱりうまく伝えれないのだろうし、説明も下手なのだとは思いますが、

基礎的な事、その難しさ、厳しさ、などまるで分かってなく、自信やプライドだけは持ってしまっている人(音楽的にはど素人だけど、大きく勘違いしてしまっている人)にストレートに話してしまうと、やっぱりただ非難、中傷された、としかとられないという可能性が極めて高いようです。


もっとも周りのミュージシャンで、「分からない人に話せば当然そうなるやろ、時間の無駄じゃ」のように言う方達もいますが、やっぱりそうなのかもしれない、と改めて感じる自分も懲りないというか相当バカだな、とは思いました、、、、、、


最近、長年知ってるシンガーのライブに、頑張ってるかな、と応援したくちょっと顔を出してみました。

ピッチがとても不安定でコンスタントに大事なところで何度も同じように外れてしまう。リズムがはまらない、噛み合わない。フィールは伝わってこない。声が最低限にも程遠く出てない。

これは以前からも知りつつ、友人として余計なお世話ながら遠くから見守っていたけど、やっぱり予想を大きく上回って辛いものでした。


これだけでも、人前でプロ並みのお金とって歌うというのは、非常に大きな問題でまずいのではないか、と思わずにいれませんでした。勿論ジャズになる、ならないという次元ではないし、それ以前に、何を歌うにも大きな課題、障害があると感じました。人それぞれの好み趣味、といったレベルの話ではないでしょう。


ただ、そういった音楽的内容でいながら、かなりお酒もまわっていて歌どころかMCもしどろもどろ。
色々見たところ、たまたまではなく、それがまさに彼女の音楽に対する姿勢であると納得もさせられる気もしました。

日本一高級とも言われるようなエリアで高いお金を取って、悪びれる事無くそんな内容で歌えるシンガー、そして大金を使ってそれを応援できてしまう人もいる、という現実を見ました。

自分にとって関係無い人なら、どうでもいいので、あたり触らなければいいのだろうけど、長年知ってる友人として、あまりに残念だし可哀想とも思ったので、伝えみた。

すると、突きつけられた答えは、“分からない人には、やっぱり分からない“という事だった。

「勿論自分はまだまだだとは思う。でも自分が自分を見捨てたら終わり。素敵だと褒めてくれる人、ミュージシャンもいるよ」というように返された。


まぁあり得ないけど、もし例えばモデルとか人前に出る人が、もし顔にゴミなどが沢山付いていてそれを指摘されたら、同じような言葉は絶対にあり得ない。ゴミが付いてるのに、「自分で自分を見捨てたら終わり、褒めてくれる人もいるよ」とは絶対にならないでしょう。

自分が言った事は、小学校の算数を勉強、理解しないで、数学を教えてお金とるのはまずいよ、まず足し算引き算は勉強した方がいいよ、という事。

人前出るために最低限の努力しなければいけないのはどんな世界でも当然すぎる話で、そこで見捨てるとか見捨てない、褒めてくれる、とか言う事自体がピントずれ過ぎでしょう。

そんなモデルも数学者もどこ探してもいる訳ないけど、何故その手のシンガーだとそうなってしまうのか。 それは”何言われているのか分からない、音楽があまりに分からない“ という事に尽きるのかな、と思います。


ピッチが弱く何度も同じ失敗を平気でしてしまう。ただのミスではなく、ずれに気が付けない。
声が出ない。(人との比較では無く、正しい奏法のトレーニングをしてなく、本人のポテンシャルを出せてない、と思わされる)
リズムが弱い。もっとも仮にリズムセンスがあったとしても、声が最低限出てコントロールできないと、それを表現する事もできないでしょう。

これら歌に大事な3つの要素の、自分の弱いところに全く気が付かずに歌える、そして全く罪悪感無くいいお金や態度をとれる、という状態で音楽的に謙虚になって向上していくのは不可能に近い。

ましてや褒めてくれるおじさん達はいても、こんな指摘される事はない。

今さらながら改めて勉強になったし、難しさを感じさせられた。




 

日本のジャズシンガー19.5

経験豊富で日本では大御所さん、といわれるフロントプレーヤとのリハーサルでの出来事。


何か曲を持ってきて欲しい、という事で、ちょとリズムのチャレンジがあるアレンジ曲を持っていく。

自分としてはそんなにプッシュする気は無く、こんなのもありますが、もし興味をあれば、というくらいのノリでした。

すると、興味を持っていただき「やろう!」ということになり練習を開始。
しかし、誰もがいきなりできるような内容でもないので、うまくいかず、何度も難しいところを練習してみると、何故できないないのかわかったので、指摘してみる。

アメリカでは変な年功序列などにとらわれず、物事の本質を大事にして意見を交換してクオリティを上げようと努力する姿勢というのが、分野を問わず文化の中に根付いてると思います。一方日本では、目上の人や有名な人に、「ここがおかしいと思います。ここがちょっと違うと思います。」のような事をあまり言わないと思いますが、そこが様々な分野での仕事のクオリティの向上を大きく妨げる要因の一つでもあるのではないか、と感じます。人生の先輩としてリスペクトするのと、物事の核心を避けてごまかす、というのは全く違う事ではないか、と思います。

海外で10年生活したといっても、自分は普通に日本で生まれ育っているし、普段はある程度はわきまえてるつもり(こんなブログ書いてしまっていてなんですが)ですが、
その場はバンド全体としても、かなり真剣さを感じたので、ストレートに言ってみました。

何度やっても大御所プレーヤーはリズムがずれる。どんどん遅れてしまい完全に何拍もずれていってしまう。ずれるだけでなく、その事に気付かない。指摘しても気付けない。

そして、「じゃあ、ノリやってみて。」
という事で変わりに自分がそのパートをやってみる。

すると「ノリのリズムがおかしいよ」
と主張されました。

勿論完璧ではないにしても、ずっと続けても、少なくともリズムセクションが拍単位でずれてしまうような事は無い。

数小節も演奏すると簡単にリズムセクションと1拍以上ずれてしまい、しかもそれに気付けてない状態の大御所プレーヤーが何十倍も厳しい指摘(勿論指摘できる耳があるとは思えないが)をする、という事はちょっと滑稽と言わざるを得ないですが、人柄も素晴らしい方だし、悪気は無く、自分の事に気付けないだけなのでしょう。

数字のと1と10の違いを判別できない人は、1と1.1の違いを指摘できない、という事も知らないのかもしれません。

アメリカではローカルの仕事できるようになるくらいまでに、リズムの基礎は勉強、練習するし、コンテンポラリーなスタイルをやる人達はさらにリズムの強化もすると思います。残念ながら日本では、そういった基礎を身につけていて、指摘できたり教えられる人はかなり少ないと思われるし、結果として多くの人がずっと手探り状態で頑張るしかない、というのが現状かと思います。メンバー全員に基礎があるバンドはグルーブするだろうし、そうでないバンドはグルーブしない、というのも、とてもシンプルな事でしょう。

アメリカのバンドはグルーブするように見える事が多く、日本のバンドでは少ない。前者は楽しそう、一緒に一体となってやっているように見える事が多く、後者はまるで別々に、それぞれの奏者にとても距離があるような印象を持った事がある人は少なくないのではないか、と思いますが、その様なリズムの問題も大きいのではないかと思います。


本当に精度の高いものをやるなら、スタイル問わず、基礎体力は最大限に高めないといけないと思うけど、古いスタイルの場合、何となくでも一応形になるようには見えてしまう。でももっとアドバンストなスタイルだと、何となくでは成り立たないという事がよりはっきり分かるため、さらにやらざるを得ない、という感じもあるかと思います。

もっとも今回の例のように、形にならない事にさえ気付けない、というケースもあるのかもしれないですが、それはその手前の必要なトレーニングをしていないからだと思います。

その大御所プレーヤーがなぜずれてしまうのかは、自分がトレーニングで通って来た経験からはっきり分かるし、どうすればできるようになるか、必要な事をやれば誰でもできるという事も分かってます。でも彼からすると、そんな事まるで想像もできないだろうから、「君のリズムがおかしいよ」となってしまうのでしょう。

例えば掛け算の九九をマスターすれば、できなかった時の自分の事もはっきりと分かるし、できていない人の事もはっきり分かる。でも、できない人にとっては、できているのか、できていないのかを感じる事が難しい、できている人の事をできていると認識する、という事さえ難しい事もあるのかもしれないと思います。

ちゃんとグルーブをするバンドでグルーブした経験が無かったら、グルーブする事、しない事を感じるのも難しい事とも似ているかもしれません。


できない、というのは全く悪い事でも何でもない。でも、できない事に気付けないあげくに、自分より遥かにできる人の事を簡単に否定してしまう、というのはちょっと問題だし、残念かもしれない。

勉強していない、という事は、その事の難しさも分からないわけで、必然的にリスペクトもできず、謙虚になる事も難しいのかもしれません。

日本でいう大御所さん、という意味が分からない事があるけど、そんな大御所さんが少なくなかったり、大御所さんだと信じ疑わない人が多い、という世界にもかなりの問題があるように思えるし、難しさを感じます

自分も、自分より経験や力が有る人の前では当然無知な人間にはなってしまうのだろうけど、少なくても、そういう事があるという可能性は知っていたいし、「できてないのかも」、という事、「この人は何か自分のできない事やっているのかも」、という事くらいには敏感な人間でいたいな、とは改めて思わされました。














このストーリーは実話に基づくフィクションです。

日本のジャズシンガー19.4

こういう話をすると決まって起こる議論があります。

ミュージシャンやベテランリスナーがジャズを聴く経験の浅い人に
対して、「分かってない、知らない」の様に言ってしまう。そして、後者は前者に対して「偉そうにするな、そのような人達が新しいファンが増えない原因だ」のように言ってしまう、みたいな感じかと思います。


どちらの言いたい事も分かるし、どちらが間違い、
と安易に言い切れる問題でも無いかもしれません。


自分自身の事で言えば、ジャズを聴いた事の無い人に楽しんでもらえる、喜んでもらえる事というのは、一番大事にしている事です。専門家に評価されたくて、褒められたくて、尊敬されたくてプレーするわけではないし、むしろ専門家にも専門家である事を忘れさせるほど、幸せにする事ができたら最高です。たとえ専門家の人でも、
1人の人として気持ちよくしたいです。


自分がリスナーの立場でも、演奏する時でさえも“ど素人の感覚”
で感じる部分はとても大切にしたい、と思っているし、超一流の素人にもなりたい。

ですから当然バカにしたりとか、知識が無いと楽しめるわけない、感じれるわけない、とは思いたくもないです。例えばかなり難解なリズムのモジュレーションなんかを、理屈を知るわけではなく、笑いながら楽しんでくれる人は結構います。知識など無くても説明はできなくても何か面白い事が起こっているという事は感じれたりする、という事ではないかと思います。



でもその反面、ジャズという音楽が、
リスニング経験が全く無くても誰でも楽しめるか、と言うと、やっぱりそこは知識や経験など全く無くても、多くの人が一度聴いただけで、好きになったり楽しめるようなポップスとは大分違ってくるのではないでしょうか。


何時間もかかるようなオペラを何の経験や準備も無しに、
ずっと集中していきなり楽しめる人はかなり少ないでしょう。でもリスナーとして経験を重ねたり、ちょっとした仕組み、構成、からくりなど理解していく事によって、少しずつ、魅力、深さなど感じて楽しめるようになる可能性もあるかもしれないです

クラシックの曲で、殆ど同じテンポで同じ演奏家に演奏され
たものでも、片方はあまりハプニングしてない、何かが足りない、もう一方はハプニングしていて訴えかけてくる力が全く違うなんて事を感じたりするような楽しみ方も、やっぱりある程度の経験が必要とされるのではないか、と思います。



初めて経験した時には、
ただただ退屈でつまらないとしか感じなかったものが、何回も聴いていくうちに、深く感動させてくれるものになる、という事はよくあると思います。


ある意味楽しむ側にも何らかのプロセスや努力(
もっと適切言葉があるかもしれませんが)や忍耐?を求めるけど、その代わりのご褒美のよう感じで、その分どんどん深く感動させてくれる、ということが芸術全般であるのではないかなと思います。本当はあまり言葉で言いたくないですが、簡単に言ってしまえばそんな感じでしょう。

そこが、
誰もが聴いて一発で曲を覚えられて好きになれたりもするポップス、商業音楽と違う部分で、どちらがいい、という話では無いけれど、楽しみ方の違いはあるのかなと思います。


ジャズは誰にでも楽しめるべき、と思う一方で、時間と経験があればより深く、もっともっと楽しめるかもしれない、という事を認めてもいいのかな、
と自分は感じます。

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