ジャズピアニスト Nori OchiaiのBlog

音楽、その他を通して日々感じる事や活動状況。

日本のジャズシンガー

日本のジャズシンガー26


おっぱい政治とおっぱいジャズについて感じる事。

日本のジャズの状況ともおおいに関係していると思ったので、僭越ながら”日本のジャズシンガー” のカテゴリーに入れさせていただく事にしました。

少しというか、かなりダラダラと、そして結論というのもなかなか出す事が難しい問題なのかもしれませんが、再びシモーネ太郎が色々思うところをお話しました。 暇つぶしの暇つぶしで、よろしければ、ご覧ください。


日本のジャズシンガー25


それにしてもびっくりする光景でした。
まぁ信じる人はいないかもしれませんが。 

日本のジャズシンガー24 NoriTube【100本記念動画】


おかげさまで動画100本作る事が出来ました。いつもありがとうございます!
NoriTube100本記念という事で、日本のジャズシンガーブログ24をやらせていただきました。
今後も何卒よろしくお願いします!

「あ、いいです」、「ちょっと違うんで」、 ちょくちょく聞いてきたフレーズでしたが、何を意味してるのだろう? 楽器奏者なら素人の方でも誰でも理解している簡単な事ですが、何故かシンガーだけはプロでもそれを理解していなくコミュニケーションが取れない事がある、というお話です。




日本のジャズシンガー 23


プロレスあまりご存知ない方はすみません。
アンドレ・ザ・ジャイアントの足を折った(正確にはひびが入った)事でも知られるキラーカーンさん。

1:16からのキラー先生の言葉がそのままジャズに当てはまってしまう。核心を突く事をさらっとおっしゃってくれてます。

「日本料理がそんなね、日本語も出来ない様な人が作れる訳ないと俺は思ってますからね。私ももうすぐ72になりますけどね。」

簡単、当たり前の事の様だけど、どんな分野でも大事な事。


もし例えば遠い、イタリア、ブルガリアの片田舎などで、日本料理を極めたいと思う人達がいたら、

日本で生活した事が無い、来た事も無い、来ようと思った事もない、普段日本語を使う事もない、日本の文化とは程遠いサウンド、フィーリングに囲まれて生活していて、料理だけは本物の日本料理をやろう、と思ってもとても難しいと思う。日本に2、3ヶ月住むくらいでも中々難しいのではないか、と自分は思います。

必ずしも言葉を話せなくてもいいのかもしれないけど、言語にはその国の文化、歴史、それを作ってきた人達の性格、感性、フィーリング、考え方、習慣などが分かりやすく詰まっていて、そういったものが当然、料理や音楽などにも詰まっている。言語や文化を理解吸収することが物事の上達の助け、近道になるし、その道を真剣に追及していたら自然にそう感じる事だろう、と思います。

だからこそ、真剣に何かの道を極めようとする人達は、何年、何十年とその本場の文化、環境の中に身を置いて修行する。

それをやるかどうか、できるかどうか、はともかく、遠い文化の芸術に挑戦するというのは、天才でもない限りはその位きつい事だろうけど、もしそこに気付いてさえもいなかったら、スタート地点にも立てないかもしれない、と思います。

こんな意味がキラー先生の一言には含まれている、と感じました。


日本のジャズシンガー22

残念だけど、音楽以前に、マナーとしてあまりに失礼過ぎる人もいらっしゃるので、久しぶりに今夜実名で書いてみます。 

2020年4月1日 

日本ジャズシンガー番外編

これはそのまま単語置き換えるとジャズシンガーブログになってしまいそう、、、
“ボクシング好きにとっては腹立たしい“”

物事の本質を楽しむ人が多ければ起こらない現象かな、と思います。
本質を感じない人は、
(ボクシングで言えば)技術、実力、(ジャズならそこにテイスト、フィーリングなども追加されると思う)について触れる事は無く「人を呼べるのが実力」と一点張りな事も多い。


日本のジャズシンガー 21

先日移動中の車内のテレビで偶然、小林幸子さんが歌ってて、ふと気付かされた。

表情、仕草が日本の多くのジャズシンガーみたいだ。いや逆か?
多くの、日本ではジャズシンガーと言われる人達が、小林幸子さんみたいなフィール、ニュアンスでジャズの曲を英語で歌ってるという事かもしれない。本当のというか、自然なジャズシンガーには無いフィーリング、ニュアンス、が沢山溢れ出てきてしまっている。

本当のジャズシンガーには決して見られないものだと思う。そういう時に「個性だから」というような意見もありがちだけど、デタラメや間違い、と個性は違うのではないかと思う。 

"Hey What's Up!" と言ってお客さんを迎えるお寿司屋さんみたいなものかもしれない。日本文化のテイストを最低限理解して、その上でエンターテイメントとしてわざとやっているのならまだ個性と言える?のかもしれないけど、もし、その変わってる事すら本人が気が付いていなかったら、日本的フィーリングを最低限習得していなかったら、それは個性ではなく、ただの勘違い、デタラメになってしまう。

ちょっと前に、NY在住のシンガー、天野昇子さんのギグを、アマチュアのシンガーの方が観に来てくれて、「昇子さんの歌も勿論そうだけど、それ以上に表情や身体の動きの一つ一つが日本には無いものに見えました。」というコメントをくれました。実際そういった事を感じてくれる人は、プロと言われるミュージシャンでも、少ないのではないか、と自分の経験からは感じます。まぁそうなると何がアマでプロだかも分からなくもなってしまうというか、もうどうでもいい事にもなってしまうのかもしれないですが。

でも正にそれは、自分が、小林幸子さんの歌を見て感じさせられたのと同じような事だったんじゃないかな、と思います。

やっぱり音楽は文化で、歌はよりダイレクトにそういったものが伝わりやすいだろうけど、

日本に住んで、”普通”に生活していたら、日本語(の音、そこに含まれるリズム、アクセント、フィーリング、ニュアンスなど)、日本の景色、日本のテレビ、日本的な常識、考え方、コミュニケーション、協調性、などなど、数え切れない程のジャズから遠い遠い日本的要素に囲まれてしまい、それが自然に歌から滲み出てくるのは、ある意味当然過ぎる事だと思います。むしろ、そうでない人は、日本では相当変わっている人でしょう。

自分が最初にNYに住む下見のために、1ヶ月マンハッタンに滞在した時、初めて街を歩きながらiPodでRed Garlandを聴いたら、あまりに普通で驚いた。普通というのは凄くない、という意味ではない。いや普通というよりは、自然だったという方が的確なのかもしれない。日本で聴いてたら特別(異質)なものとして響いていたものが、NYの街並にはマッチして溶け込んでいるように思えました。なるほど、こういった景色(文化)から自然に出てきたものなんだ、とその時強く思わされました。ヨーロッパの自然を見てクラシック音楽が聴こえてきそうとか、日本海を見て演歌が聴こえてくる、とかいうのと同じかなと思います。

ジャズをやる、というのは、歌うとか、楽器を弾く、とかいうだけの話ではなく、英語とかアメリカ文化を理解、吸収する、アメリカ人的性格を理解する、という様な事もかなりの割合で含まれるという事だと思うけど、まずはそこに気付ける事はとても大事というか、そこに着眼できなければ何も始まらないと改めて思います。

それに気付いてないように思われる人が、有名とか実力派と言われる人でも珍しくなく、また違和感無く観れる人も少なくない事は、やっぱりジャズとしては非常に残念な状況かなと思います。

気が付く人が少なければ、文化として良くなっていくことも非常に難しいのではないかと思いますが、少しずつでも良くなっていけたらいいな、と思います。 

『僕達は娼婦みたいなもんだよ』、あるミュージシャンの言葉 ③ (最終回)


どうしていったら少しずつでも良くなっていくのだろうか? 自分なりのアイデアを最後にお話しさせていただきます。

僕達は娼婦みたいなもんだよ①, ②



日本のジャズシンガー的Tube


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