ジャズピアニスト Nori OchiaiのBlog

音楽、その他を通して日々感じる事や活動状況。

一般

ありがとう神の子KID!!!

Kid

一番印象に残っているのは、2004年大晦日のビッグイベント “Dynamite”、大阪ドームでの魔裟斗戦。
家でテレビで観戦していると、このスペシャルビッグマッチ前に、その頃よくお会いしていた矢沢さんが突然登場してびっくりしたのだけど、「魔裟斗もKIDも頑張れ!」と花束贈呈してたのを覚えてます。

立ち技のK-1MAXの王者の魔裟斗に対し、レスリングベースの総合格闘家でキックルールはわずか2戦目、しかも2階級くらい小さいKIDが挑むという常識的にはありえないようなカードだったけれど、その試合には多くのサプライズがあった。

KIDは王者の魔裟斗に気持ち的にも全く怯まず真っ向勝負していき、何と最初に魔裟斗からダウンを奪った。その後、魔裟斗による3度の金的キックがあり、KIDのダメージはかなり大きいように見えた。それでも最後まで戦い抜き、結果は魔裟斗の判定勝利。

経験の差、違う競技をメインにしている選手である事、階級も全く違う事などを考慮したら、自分の中ではKIDの勝利と言ってもいいくらいだし、逆に魔裟斗の立場からすれば敗北に近いもので、本当はもっと悔しさを見せるくらいでもいいのでは?と自分の中では思わされた。ただ、そんな事も関係無いくらい戦いの後で、お互いの強さ、気持ち、を感じあえた気持ち良さもあったのかもしれない。魔裟斗は当たり前に強かったけど、いい意味での予想を裏切り続けたKIDのインパクトが強く残る試合でした。

しかし何と言っても一番驚いたのは、試合後インタビューで金的の試合への影響について聞かれ、

「いや、もしあれが喧嘩だったら、やられてしまうから、そんなの全然関係無い。」
という様な内容のKIDのコメントで、とんでもない漢の中の漢だ、と思わされた。ルールに守られた試合では無く、”闘う” ”倒す” 覚悟でリングに上がってたのかな、アスリートというよりは侍なのか、と感じさせられました。

ファンの勝手な意見としては、やっぱり侍同士の倒し合い、をルールやレフェリーに安全面を守ってもらって観れるのが理想なのではないか、と思う。そんな格闘家達に心を揺さぶられる。


当時、数多くのファイター達のコメントや文章読んだりして、本当のトップクラスの人達の心の強さを感じさせられるようになってきて、ああ、ミュージシャンと全く同じなんだな、と思ったりもしてたけれど、そのKIDのコメントは中でも強烈なものでした。


当時、彼らのような格闘家の試合を観てなかったら、自分はニューヨークにも行ってなかったと思います。言葉ではなく、戦う姿勢の中で、背中から、メッセージをもらってた。


「仕事にも困らず順調なのに、何で〜」
「バークリーとか卒業して日本帰って来て、全然仕事無い人いっぱいいるよ」
多くの人が親切心からこの様な事言ってくれて、渡米に賛成、後押ししてくれる人はごく少数だった。

今振り返ると、多くの人が反対というのもいい事だったかな、と思えるし感謝してます。それで、やめようと思うくらいなら行かない方がいいし、どんなに反対されても関係無いくらいなら、やっぱり行くべきだろうし。


渡米直前に矢沢さんと飯行った時に、
「ノリ、これから10年くらいかけてこんな事やっていきたいと思ってますので、ヨロシク」
「矢沢さん、実は俺、NYにジャズを勉強しに行こうと思ってます。」
ほんの一瞬だけ間があり、「そうか、頑張れよ」
シンプルな一言だけだったけど、その中に色々なニュアンス、感情が詰まってた様に聴こえた。ずっと忘れられない。


もしKIDだったら、KIDもやっぱり
「人生一度だけだろ、今やんないでどうすんだよ。大丈夫、おまえならできるよ。」
間違いなくこんな感じだと思うけど、今にも聴こえてきそう。

やっぱり、ずっと勝負し続けて来た男達はかっこいい。
KID YAZAWA
ずっとずっと記憶に残る、永遠に忘れない、超一流のファイティングスピリットをありがとう!!!

R.I.P. 山本“KID”徳郁 

10years 、、、time flies

くそ暑い(fu○king hot 英語でも同じか?) なか、ラーメン屋さんに入ると、パワフルな渡辺美里さんの歌声がこの暑さにピッタリだった。

ニューヨークでジャズ修行仲間だった千里さんとアフリカ人ベーシストのソイルス、そして美里さん、今では有り得ない4人で真夏の六本木でお茶したのを思い出した。想えばあれは2008年。
せいぜい4、5年くらい前の感覚だったけど、
10年、、、、、、、、、、、か。
きゃぁーーー

青木真也 空気を読んではいけない

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『青木真也 空気を読んではいけない』を読んだ。

際どい言動が目立つため、アンチファンも多いし、自分も嫌いな部分あります。

でも、日本ではトップクラスの寝技師である事には誰も異論が無いくらいだし、彼を寝技で自在にコントロールできるのは、奥様くらいではないでしょうか???


嫌いな人でも凄いところは凄いとリスペクトできて、そこから学ぶ事ができる人間でいたい、とは思います。

日本の文化、習慣がアメリカ文化であるジャズを習得するのに邪魔する事がある、とブログで書いてきましたが、海外文化に限らず、実力で勝負する世界なら、日本の年功序列、実力とは違った格付けの習慣などが、若い才能を潰したり邪魔するべきではないと思います。サラリーマン社会さえ、会社の発展のためには有能な若者が、目上の人に変な気遣い無しに発言できる事は大事なのではないか、と思います。

青木真也を間違いなく尊敬できる点は、
格闘技を愛してる、
格闘技に全てを注ぎ込んでいる、
強くなるために邪魔であるなら、日本の習慣、マナーさえ無視している事などだと思います。


強くなるためには、付き合いが悪く嫌われても、変わり者扱いされても構わないし、それくらい犠牲にしなければ大した仕事できない、という考え方。

実力で勝負しようとしてる人にはお勧めしたい本です。
 

たまに聞く言葉だけど

「内容、何を言っているのかより、誰が言っているかが大事」
というようなフレーズを聞く事があるけど、本当にそうだな、と思う。

いくら偉人の言葉のようのものを「有名なデザイナーの誰々が言ってたけど〜」
の様に言われても、その言葉を本当にその人なりに噛み締めていないでただの請け売りで、でも分かったかの様に言われてしまうと、せっかくの素晴らしい内容も、どんなに正しくても素晴らしくても、まるで嘘の様に響いてしまう。

ジャズの演奏、ジャズに限らないかもしれいけど、どんなに凄い人のフレーズを弾いても、消化して自分の言葉として発しないと説得力が足りなく嘘っぽく響いてしまうのと似てるのかな。




 

心からの謝罪

政治家、有名人などが、何か間違いをして謝罪する事がよくあります。
人間だから誰しも間違いを犯してしまう事はあるだろうけど、やっぱり大事なのは、ミスをしてしまった後の態度ではないか、と思います。

本当に悪い事をした、と思って誠意を持って本当の謝罪をするときは、自分の持ってる(してしまった事に対してははるかに小さな)不満、愚痴、などは言わない方がいいのではないか、と思います。

勿論、自分も同等かそれ以上の事をされたり、理不尽な事があれば話すべき事もあるだろうけど、
自分がした事によって、それを周りから攻められ自分も辛い、困ってる、などのような事を言うのは
マイナス効果ではないかと感じます。


本当の誠意ある謝罪というのは、まず相手に自分の謝罪の気持ちが少しでも届く事、相手の嫌な気分を少しでも和らげる事だけが大事、という気持ちでするべきもので、もし本当に心から申し訳ないと思っているなら、その時の自分の辛い気持ち、悲しい気持ち、不満などは二の次、三の次でどうでもいい事ではないか、と思います。少なくてもそれを言うにしても、相手が許してくれて時間がたってからでもいい事だと思います。

心の弱さや、自分のかわいさ、などでくだらない事を言ってしまうと、謝罪をする意味ないが無くなってしまうし、本当に誠意のある謝罪でないならしない方がいいのではないか思います。


とてもシンプルな事だけど、心からの「ありがとう」、「ごめんなさい」は、そんなに簡単な事ではないのかな、と思います。
 

漢の身体

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格闘技は究極のimprovisationで、身体の動き、瞬間瞬間の反応、間の取り方、予想させての裏切り、発想の柔軟さ、試合のペースの作り方、支配の仕方、集中力、気持ちの強さなど、Jazz演奏のために学べる事はとても多く、深夜に勉強???する事が多いけど、

ふと、自分は今までの人生でどれだけ、(女性より)男の裸ばかり見てきたか、という事に気付かされました。普通の男子なら、女性のソレの方に時間を費やす人が圧倒的に多いのだろうけど、

こんな自分は不健全なのか、、、、? 

闇のフォースの

圧力がまだまだ続いております。
〇〇〇の不思議な事など、書きたい事はまだありますが、もう少々お待ちください。



すみません、気の利いた事言えなくて
 

贅沢な

久しぶりに電話越しに聴く“ビッグ”な人の、
バースデーライブへの「おめでとう!」 

特に大きいな声だったり、特別変わったニュアンスだったりするわけでもないけれど。

でも、心に強く強く突き刺さってくる。やっぱり心からの本物の気持ちだけを言葉で表現する天才なんだ。 だからこそ歌詞も強く届くんだろうな。

送っていただいたシャンパンをいただきながら、謎のマスクマンの数々の名作に浸る。

10年前の、20年前の自分に言っても絶対信じないような、
自分の人生にまさかこんなに贅沢な瞬間がやってくるとは夢にも思わなかった、、、

 

先日

俺のフレンチ、イタリアンのカリスマシェフの神木亮さんとちょっと飲む機会をいただきました。

22歳で、言葉もできないでいきなり渡仏って、凄いな。
「日本で何も勉強しないで行ってどうする?」などと、何も責任もなく常識的に、一見親切に意見してくれる人達はいても、そういうのに惑わされないで、「フレンチやるのに、フランスに行ってみなくてどうする?」という確信もあったり、というのも才能のうちなんだろうな、と思わされました。
 
音楽のちょっと深いところの話もすぐ理解してもらえるし、逆に料理の事で、音楽にも通じるような事も教えていただけたり、とても有意義な時間でした。

一流のお仕事されてる人って、なんだか自分も素敵な人間になれるような錯覚させてくるような気がします(笑)
神木亮




 

スパルタピア二スト?

SNSで”スパルタピアニスト”と言われて、もうだいぶ時間たっているけど、今だに「スパルタだと思ってたけど全然違いますね」、となどと言われるような事がある。


自分でもあまりその意味は分からないけれど、以前にブログで、お金を取って人前で歌うシンガーとしては考えられないような非音楽的、非ジャズ的行動、マナー、習慣などに対して感じる事を自分なりに発言した事に対しての言葉でしょう。


勿論、ブログを読んでくれて、自分の事をとんでもなく偉そうで勘違いな人間だと思われた方もいるのかもしれない。また逆に、「全然スパルタじゃない、あれは酷いね」と言ってくれてた方もいました。


10人いれば10通りの感じ方があって自然なので、自由に感じてもらえればいい事だし、ネガティブに捉えられても仕方ない。自分にとってはポイントが伝わらずに誤解される可能性も承知のうえで書いているので、それ自体全く驚かないです。


以前、似たようなテーマの事をストレートに発言されてたミュージシャンがいらして、自分の言っていてる事も共通するような部分もあったのかもしれない。ただ、自分なりには、ちょっと違った言いまわし、角度から書きたくて、気をつけたつもりだったけど、「その元祖ミュージシャンの後継者です」と紹介、勝手に認定?までされてしまった。実はその元祖(と言われた)の方とお会いした時に、一緒に写真に入ってください、とも言われ、ちょっと何か感じて一度は拒否してみたものの、強く誘われ断りきれずに写真に入ってしまい、SNSで自分の想像を超えたそのような紹介、使われ方をされました。今の時代は、写真や動画もどこでどのように使われるかも分からない、という事も受け入れないといけなくなってるのかもしれない、と改めて認識しました。


ブログを読んでいただいて、自由に判断、感じていただくのはいいけれど、第三者のSNSでの発言を意見というよりは殆ど事実として受け取ってしまうところからスタートされてしまう事もあるという事、今回は結構思い知らされ、自分としても改めてSNSの影響力、難しさ、風評被害?などについてもちょっと勉強になりました。

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