ジャズピアニスト Nori OchiaiのBlog

音楽、その他を通して日々感じる事や活動状況。

一般

だんだんこういう時代に

なってきてる、と感じる。

日本の文化は体裁を大事にする、本音をなかなか表現しない事も多い、から外国人から見ると、何を考えているのか不安になったり怖くなる事もあるらしい。

そして、インターネットが普及して、実際の、本物で無いうわべの人間関係というのもより大きくなってきてると思う。

自分はFacebookの100個の”LIKE”より本物の、本音の”LIKE”を大事にする人間でいたい。
 

Paris 1

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かなり時間もたってしまってそろそろ忘れる、いや忘れはしないけど書きます。

前回パリに行ったのは今から10年以上、もう10年も経ってしまっていた、、、、

友人で、自分もバンドに参加していたシンガーのJose Jamesが世界的に有名になる前、まだデビューアルバムも発表になる前、ロンドンで行われたinternational jazz competitionのファイナルに進出する、という事で、その応援に行き、ついでに寄った以来でした。

後で当時の日記もアップしてみようかと思いますが、やっぱりニューヨークに2年程住んだ時に観て感じたパリと、ニューヨークで10年生活し、日本に戻り3年半経った今、再び観たパリ、は同じ街であり、全く違っていた。

ニューヨークから見たパリは別世界、異国だったのに対し、日本から見たパリは、“あ、こんなにニューヨークに似ていて、まるでニューヨークの親戚みたいところだったのか、、、” という印象でした。

同じ場所でも人よって感じ方は千差万別だろうし、人も絶えず変わっていく。街も多少なりとも変化し続ける。そういった意味では、正に今の自分にしか感じれないパリを観た気がしました。

人でも場所でもそうかもしれないけど、出会いのタイミング、という面白さを感じました。

つづく、

きびしいとき

時には辛い事、気持ちの良くない事、あまり見たくない、聞きたくない事など、理不尽な事、言いたい事がある時もある。

吐き出すのは簡単だけど、

そんな時は、気がつくと格闘技の試合のビデオを観ている。
どれだけトップクラスの選手達の心が強いか、言い訳もせずに戦ってきた姿勢など、試合からメッセージとして、伝わってくるような、教えてくれるような気がする。
上に上に行く人達こそ耐えて来た苦しみも多いのは間違いないだろう。

そしてそこから、またジャズの凄い音を聴いて、やっぱり同じような心の強さ、優しさ、大人さ、など感じさせられる。そして自分の弱さ、幼さ、小ささ、教えられる。でも何故か突き放される感じはしないな。

今よりちょっときでも強い人間に、強い音出せるように、、、



 

安全なところでの批判

自分は安全なところで何もしないけど、リスクを背負って勝負している人間に対して、想像力も働かせずに「こうしたらいい、こうすべき」の様に、簡単に意見してくる人というのはどこにでも必ずいるけど、そういう人に接する度に、自分はそうならない様にしよう、と強く思わされる。

何もしないで口だけ動かすよりは、行動して失敗する方がずっとかっこいいと思う。

ありがとう神の子KID!!!

Kid

一番印象に残っているのは、2004年大晦日のビッグイベント “Dynamite”、大阪ドームでの魔裟斗戦。
家でテレビで観戦していると、このスペシャルビッグマッチ前に、その頃よくお会いしていた矢沢さんが突然登場してびっくりしたのだけど、「魔裟斗もKIDも頑張れ!」と花束贈呈してたのを覚えてます。

立ち技のK-1MAXの王者の魔裟斗に対し、レスリングベースの総合格闘家でキックルールはわずか2戦目、しかも2階級くらい小さいKIDが挑むという常識的にはありえないようなカードだったけれど、その試合には多くのサプライズがあった。

KIDは王者の魔裟斗に気持ち的にも全く怯まず真っ向勝負していき、何と最初に魔裟斗からダウンを奪った。その後、魔裟斗による3度の金的キックがあり、KIDのダメージはかなり大きいように見えた。それでも最後まで戦い抜き、結果は魔裟斗の判定勝利。

経験の差、違う競技をメインにしている選手である事、階級も全く違う事などを考慮したら、自分の中ではKIDの勝利と言ってもいいくらいだし、逆に魔裟斗の立場からすれば敗北に近いもので、本当はもっと悔しさを見せるくらいでもいいのでは?と自分の中では思わされた。ただ、そんな事も関係無いくらい戦いの後で、お互いの強さ、気持ち、を感じあえた気持ち良さもあったのかもしれない。魔裟斗は当たり前に強かったけど、いい意味での予想を裏切り続けたKIDのインパクトが強く残る試合でした。

しかし何と言っても一番驚いたのは、試合後インタビューで金的の試合への影響について聞かれ、

「いや、もしあれが喧嘩だったら、やられてしまうから、そんなの全然関係無い。」
という様な内容のKIDのコメントで、とんでもない漢の中の漢だ、と思わされた。ルールに守られた試合では無く、”闘う” ”倒す” 覚悟でリングに上がってたのかな、アスリートというよりは侍なのか、と感じさせられました。

ファンの勝手な意見としては、やっぱり侍同士の倒し合い、をルールやレフェリーに安全面を守ってもらって観れるのが理想なのではないか、と思う。そんな格闘家達に心を揺さぶられる。


当時、数多くのファイター達のコメントや文章読んだりして、本当のトップクラスの人達の心の強さを感じさせられるようになってきて、ああ、ミュージシャンと全く同じなんだな、と思ったりもしてたけれど、そのKIDのコメントは中でも強烈なものでした。


当時、彼らのような格闘家の試合を観てなかったら、自分はニューヨークにも行ってなかったと思います。言葉ではなく、戦う姿勢の中で、背中から、メッセージをもらってた。


「仕事にも困らず順調なのに、何で〜」
「バークリーとか卒業して日本帰って来て、全然仕事無い人いっぱいいるよ」
多くの人が親切心からこの様な事言ってくれて、渡米に賛成、後押ししてくれる人はごく少数だった。

今振り返ると、多くの人が反対というのもいい事だったかな、と思えるし感謝してます。それで、やめようと思うくらいなら行かない方がいいし、どんなに反対されても関係無いくらいなら、やっぱり行くべきだろうし。


渡米直前に矢沢さんと飯行った時に、
「ノリ、これから10年くらいかけてこんな事やっていきたいと思ってますので、ヨロシク」
「矢沢さん、実は俺、NYにジャズを勉強しに行こうと思ってます。」
ほんの一瞬だけ間があり、「そうか、頑張れよ」
シンプルな一言だけだったけど、その中に色々なニュアンス、感情が詰まってた様に聴こえた。ずっと忘れられない。


もしKIDだったら、KIDもやっぱり
「人生一度だけだろ、今やんないでどうすんだよ。大丈夫、おまえならできるよ。」
間違いなくこんな感じだと思うけど、今にも聴こえてきそう。

やっぱり、ずっと勝負し続けて来た男達はかっこいい。
KID YAZAWA
ずっとずっと記憶に残る、永遠に忘れない、超一流のファイティングスピリットをありがとう!!!

R.I.P. 山本“KID”徳郁 

10years 、、、time flies

くそ暑い(fu○king hot 英語でも同じか?) なか、ラーメン屋さんに入ると、パワフルな渡辺美里さんの歌声がこの暑さにピッタリだった。

ニューヨークでジャズ修行仲間だった千里さんとアフリカ人ベーシストのソイルス、そして美里さん、今では有り得ない4人で真夏の六本木でお茶したのを思い出した。想えばあれは2008年。
せいぜい4、5年くらい前の感覚だったけど、
10年、、、、、、、、、、、か。
きゃぁーーー

青木真也 空気を読んではいけない

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『青木真也 空気を読んではいけない』を読んだ。

際どい言動が目立つため、アンチファンも多いし、自分も嫌いな部分あります。

でも、日本ではトップクラスの寝技師である事には誰も異論が無いくらいだし、彼を寝技で自在にコントロールできるのは、奥様くらいではないでしょうか???


嫌いな人でも凄いところは凄いとリスペクトできて、そこから学ぶ事ができる人間でいたい、とは思います。

日本の文化、習慣がアメリカ文化であるジャズを習得するのに邪魔する事がある、とブログで書いてきましたが、海外文化に限らず、実力で勝負する世界なら、日本の年功序列、実力とは違った格付けの習慣などが、若い才能を潰したり邪魔するべきではないと思います。サラリーマン社会さえ、会社の発展のためには有能な若者が、目上の人に変な気遣い無しに発言できる事は大事なのではないか、と思います。

青木真也を間違いなく尊敬できる点は、
格闘技を愛してる、
格闘技に全てを注ぎ込んでいる、
強くなるために邪魔であるなら、日本の習慣、マナーさえ無視している事などだと思います。


強くなるためには、付き合いが悪く嫌われても、変わり者扱いされても構わないし、それくらい犠牲にしなければ大した仕事できない、という考え方。

実力で勝負しようとしてる人にはお勧めしたい本です。
 

たまに聞く言葉だけど

「内容、何を言っているのかより、誰が言っているかが大事」
というようなフレーズを聞く事があるけど、本当にそうだな、と思う。

いくら偉人の言葉のようのものを「有名なデザイナーの誰々が言ってたけど〜」
の様に言われても、その言葉を本当にその人なりに噛み締めていないでただの請け売りで、でも分かったかの様に言われてしまうと、せっかくの素晴らしい内容も、どんなに正しくても素晴らしくても、まるで嘘の様に響いてしまう。

ジャズの演奏、ジャズに限らないかもしれいけど、どんなに凄い人のフレーズを弾いても、消化して自分の言葉として発しないと説得力が足りなく嘘っぽく響いてしまうのと似てるのかな。




 

心からの謝罪

政治家、有名人などが、何か間違いをして謝罪する事がよくあります。
人間だから誰しも間違いを犯してしまう事はあるだろうけど、やっぱり大事なのは、ミスをしてしまった後の態度ではないか、と思います。

本当に悪い事をした、と思って誠意を持って本当の謝罪をするときは、自分の持ってる(してしまった事に対してははるかに小さな)不満、愚痴、などは言わない方がいいのではないか、と思います。

勿論、自分も同等かそれ以上の事をされたり、理不尽な事があれば話すべき事もあるだろうけど、
自分がした事によって、それを周りから攻められ自分も辛い、困ってる、などのような事を言うのは
マイナス効果ではないかと感じます。


本当の誠意ある謝罪というのは、まず相手に自分の謝罪の気持ちが少しでも届く事、相手の嫌な気分を少しでも和らげる事だけが大事、という気持ちでするべきもので、もし本当に心から申し訳ないと思っているなら、その時の自分の辛い気持ち、悲しい気持ち、不満などは二の次、三の次でどうでもいい事ではないか、と思います。少なくてもそれを言うにしても、相手が許してくれて時間がたってからでもいい事だと思います。

心の弱さや、自分のかわいさ、などでくだらない事を言ってしまうと、謝罪をする意味ないが無くなってしまうし、本当に誠意のある謝罪でないならしない方がいいのではないか思います。


とてもシンプルな事だけど、心からの「ありがとう」、「ごめんなさい」は、そんなに簡単な事ではないのかな、と思います。
 

漢の身体

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格闘技は究極のimprovisationで、身体の動き、瞬間瞬間の反応、間の取り方、予想させての裏切り、発想の柔軟さ、試合のペースの作り方、支配の仕方、集中力、気持ちの強さなど、Jazz演奏のために学べる事はとても多く、深夜に勉強???する事が多いけど、

ふと、自分は今までの人生でどれだけ、(女性より)男の裸ばかり見てきたか、という事に気付かされました。普通の男子なら、女性のソレの方に時間を費やす人が圧倒的に多いのだろうけど、

こんな自分は不健全なのか、、、、? 
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